IVUSA TIMES

日本最大級のボランティア学生団体IVUSAの素顔が読めるWEBマガジン

「心が繋がっていく」塩冶紘司さん

インタビュー第4弾はIVUSA23期副学生代表の塩冶紘司さん
ついにIVUSA TIMESも西日本の学生に突撃!!
行動力のある塩冶さんのお話は必見です!


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― 今日は、大先輩の塩冶さんと初対面かつ僕のインタビュアーデビューということで、ちょっと緊張していますがよろしくお願いします(笑)。

 お願いします!悪い噂しか聞かんやろ(笑)


― いえいえそんな!とても活躍しているという噂をきいていますよ!!


 それはそれは光栄です(笑)。


― というわけで、今日はよろしくお願いします。まず簡単に自己紹介お願いします。

 第23期の副学生代表を務めております塩冶紘司です。長崎県立大学4年生をしております。


― 塩冶さんはivusaに入ったきっかけってなんだったんですか?

 ivusaとの出会いはかなり奇跡的なものでした。出身が京都やねんけど、大学に入学する前に、高校の担任の先生に京都である就活のイベントに連れていかれたんです。そこに、当時大学3年生のivusaの20期衣笠の内山大輔さんって方がいらっしゃってました。の「自分は大学時代に日本各地に災害救援にいってきた」っていう話をきいて、純粋にすごいなーって思いました。でも、その時は入るつもりもはなかったんだけどね(笑)。長崎の大学に入学したら特にやることも無くて、すごく暇でした。その時にivusaっていうのがあったなって思い出して、ちゃちゃっと入会したって感じですね(笑)。内山さんに会っていなかったら間違いなくivusaは知らなかったし、入ってなかったですね。


― 長崎では1年目はIVUSAの会員一人だったんですか?

 長崎には1人でした。九州には大分県立命館アジア太平洋大学に数名いたけど距離的なものもあって活動はできてなかったんです。でも僕は、実家が京都だからよく関西には行っていたんです。それで関西の先輩から結構かわいがってもらってましたね(笑)。「お前は長崎にいるけど衣笠クラブや」って言っていただいたり。だから、1人って感じはあまりしなかったですね。周りからはすごく変わっている奴やなって思われていたと思うけど。会う人みんな最初の一言が「お前九州から来たんか、すごいな」って(笑)。だから珍しがられていたのかなってのは思うな。珍獣的な(笑)。そんな中で先輩から、選挙はすごい熱い場やから絶対来いよっていうのを言われので、見にいったら本当にすごかった。そのときに、来年はおれもこうやってクラブ長になります!って言いたいなって思ったから、長崎でクラブ化を目指しましたね。


― 新歓は1人でやっていたんですか?


 そうそう、基本的にはね。でも、ちょうど同じ学年の人がひとり興味を持ってくれて、手伝ってくれたのがすごく大きかったですね。さらに関西から5~6人バスで長崎まで来てくれて、一緒に学校中の学生に声をかけて手伝ってくれました。大変だったけど、楽しかったなー。いまは60人ものメンバーがいるクラブになっているけど、自分1人だったからこそ、後輩とは距離が近くなって良い繋がりはできたのかなと思うな。


― そういう経緯があって、今の長崎佐世保クラブがあるんですね。もう4年生ですが、今までどんなプロジェクトに行かれたんですか?
 
 いろいろ行ったよ!1番いってるのは関川だね。他にはオオバナミズキンバイ除去活動(※1)で大隊長をさせていただいたね。あとは災害救援にたくさんいきました。広島や京都、九州の阿蘇、山口とか。あとは、福岡の星野村っていうところのプロジェクトを立ち上げました。(※2)

(※1)琵琶湖オオバナミズキンバイ除去活動2014。活動レポートはコチラ
(※2)福岡県星野村活性化活動。活動レポートはこちら

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写真:災害救援活動中の塩冶さん


― 夢企画ですよね!!(※3)

 そう!2年生の夢企画のときに星野村の活動がしたいっていうことを提案したんです。そしたら関西で2位に選ばれて、ちょうど1年くらい前にその活動が実現できたんよね。


(※3)夢企画とは、学生の想像力を活かし、社会に貢献したいという「夢」を具体的な企画立案までもっていく新規事業コンテストであり、IVUSAの原点ともいえる。昨年の様子はコチラ
49.212.99.19
から。



― すごいですね。最初からクラブは作るし、プロジェクトも作るし…。その行動力、尊敬します。

 暇やろ(笑)。ていうのは冗談で(笑)。結局、自分のやりたいことをどんどんやっているっていうか、やらせてもらえてるって感じかな。後押ししてくれる環境があって、ivusaだったから色々できたってだけの話なんです。自分ひとりで60何人の団体と作るだとか、100人規模の星野村のプロジェクトを作るとかはできていない。けど、この自分の提案に乗っかってくれるivusaの仲間たちがたくさんいるっていうところが幸いでしたね。そこが恵まれていたのかなっていうのは思います。


― 高校時代は京都で過ごされていたということですけど、どんな高校時代でした?

 甲子園を目指していたガチガチの野球部でした。中学まではチームの中でちやほやされていた存在だったけど、高校に行ったら上には上がいましたね。挫折とかも経験したし、そういう意味では人生そんなうまくいかないんだよっていうのは野球を通して学んだかな。あと、高校の時にまったく勉強してこなかったんで、部活に区切りがついたときは偏差値30なんぼとかのレベルやったしね(笑)。


― ちょっと小耳に挟んだのですが、1回大学入学されて辞めたんですよね?

 はい、1度大学辞めてます(笑)。よく知ってるな(笑)。高校生の時、行きたい大学というのがあったんです。でも、行きたい大学には落ちて、推薦で私立の大学に入りました。志望していた大学に行けなかったっていう気持ちと自分が全く勉強してこんかったから、大学に入った時まったく勉強がわからなかったし、ついていけなかった。このままだったら大学にいても無駄だなっていうのがあったんです。だから、まず基礎的な教養ぐらいできるようになってから大学入ろうと思って、入学して1か月ちょっとで辞めましたね(笑)。

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― 1か月ちょっとしか行ってないんですね!!


 ははは(笑)。1ヶ月くらいで大学やめて、バイトしながら予備校いって1日10時間勉強してました(笑)。ほんとにそれこそ恥ずかしい話だけど、I am… とかからでしたね(笑)。まあそんなこんなで、大学へは一応自分の力で入学することができました。


― すごいですね!!もう少し私生活の方も聞いていきたいと思います。趣味とかあったりしますか?

 趣味なんやろなあ。結構多趣味で、いろんなことに手を出しますね。カメラとかもってプラプラ歩きながら写真撮ったりするし、大学入学するときにめっちゃいい自転車買って走り回ったりとかしてますね。


― 塩冶さんといえば副学生代表ということなんですけど、選挙があったじゃないですか。そもそもなんで学生代表の選挙に出ようと思ったんですか?

 出るって決めたときはオオバナの活動の最終日でした。自分以外にそういうやつはいないなって思ってて(笑)今こそ、そうは思ってないんだけど、出るって決めた理由はその時すごく尖っていたっていたのもあるね(笑)。誰がやっても自分が納得いかないだろうなっていうのをそこで感じたから、自分が出ようって決めました。

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― いま、選挙を振り返ってみてどうですか?

 選挙では実際負けて、負けたすぐあとは納得がいかないところがありましたね。納得いかないというか悔しいっていうのかな。でも、役員合宿のときに幹部選挙があって、幹部選挙に出ているときのみんなの演説をみて、純粋にすごいなって思いました。俺があの選挙に出ていたら、勝てなかったかもしれんなって思うぐらい。選挙に出る前は天狗になっていたっていうか、自分が!!って思っていた。でも、幹部選挙でみんなすげえなって思ったときに、池田と幹部のみんなで中心に立って23期を作っていきたいなってなりました。


― なるほど。それで副代表として活躍しているんですね。副代表ってお仕事は主に何をされたりするんですか?

 活躍しているかは知らんけど(笑)。基本的にはIVUSAをどうしていくかっていうところを池田とともに考えていますね。それこそ最近では、ネパールでの震災に対して、緊急で募金活動をしたりとか。あとはいろんな部署の会議に参加して、そこで話してIVUSA全体をみるって自分自身は思っていますね。仕事が明確的にこれっていうものはないから、仕事を何もせずに1年間終わることだってできなくもない。でも、それではやっぱりだめで。だから、自分のすべきこと、できることを見つけて、サポートしながら一緒に作っていくというのが仕事なのかなって思っています。


― 自分から動かないとないんですね。

 そうですね。ただ心配性というか、自分で見ないと気が済まないっていうか(笑)。自分自身が納得しないというか。任せるところは任せるけどね。一緒に考えていきたいなっていう姿勢ではいます。


― では、これは最後の質問なんですけど、これは皆さんに聞いているんです。塩冶さんにとってIVUSAとは?

 IVUSAはね、おもろいよ(笑)。ボランティアって本来のコミュニケーションの形だと思ってます。最近は便利になっているので人と話をするよりもLINEとかでさっと終わらせてしまってるように見えるんです。でも、IVUSAでやってるボランティアって、僕らと現地の方が対話し、お手伝いする姿を目で見て、感じてもらう。逆に、僕らが直接現地の方の想いを聞くこともあります。こんなやりとりを通して「心が繋がっていく」気がするんです。これってLINEや電話じゃ絶対できないことだと思います。だからこそIVUSAの中では「話す」ってことを忘れたくないし、顔を合わせて、目を見てコミュニーケーションを図る形、「本来のコミュニケーションの形」をIVUSAでは忘れずにしていきたいし、それができるのがIVUSAやと思ってます。

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― なるほど。ありがとうございます。

 こんなんで記事まとまるん?(笑)。


― がんばります(笑)。話したりないことはありますか?これは書いとけ、みたいな(笑)。

 やっぱね、(インタビューを)箭野純貴くんに先を越されたっていうのはね・・・(笑)。ほんま僕なんかまだまだ、頑張って這い上がらないと(笑)。がんばりますわ。


― 根に持っていますね(笑)これ採用します(笑)。本日は本当にありがとうございました。



~編集後記~
就活のために弾丸で関東に来られていたので、合間の時間で取材させていただきました。取材中はカメラを向けるとキメ顔や変顔をしてくるお茶目っぷりを発揮(笑)。しかし、長崎を拠点に関西や関東を駆け回る塩冶さんのフットワークの軽さにはいつも驚かされます。塩冶さんは人とのつながりを大切にしているからこそ、フットワークも自然と軽くなるのではないかと思いました。
今週末は関西に取材に行ってまいります!!



インタビュアー、編集:山田充(日本大学2年)
カメラ、編集:川島宏美(日本大学3年)